【幸せの描き方・ブータンの挑戦 1】GDP信仰から脱却 国連決議

西日本新聞 2011年9月17日付より

【幸せの描き方・ブータンの挑戦 1】GDP信仰から脱却 国連決議
http://www.nishinippon.co.jp/nnp/item/263243

2011年9月16日 01:48

ブータン人はみんな幸せそう。働く女性も多い=首都ティンプーの官庁街

 GNH(グロス・ナショナル・ハピネス=国民総幸福)。「社会の最終目標は国民の幸福実現にある」と、ヒマラヤの仏教王国ブータンが追求する国家理念が、世界の注目を浴びている。人口70万人、九州とほぼ同じ面積の小国を一つのモデルに、日本政府や熊本、福岡両県などが「幸福度」を研究。国連はGNHを新しい開発指標とする決議を採択した。東日本大震災福島原発件事故を受け、経済的繁栄を最優先するこれまでの価値観、生き方が問い直される中、3度目のブータン訪問で見聞きしたGNHの現状を報告する。 (元西日本新聞記者、ライター・田中一彦

ブータンにとって歴史的な出来事だ」。一報を受けたティンレー首相は、誇らしそうに声を上げた。

 7月19日、国連総会は、「社会経済開発の達成および測定のために、幸福という観点をより一層取り入れる」よう全加盟国に求める決議を採択した。それは、ブータンが進めるGNHの理念が国際的に認知され、世界の指針となったことを意味する。決議は昨年9月にブータン政府が提案、68カ国の支持を得るに至ったという。

 決議は「幸福の追求は基本的な人類のゴールである」とし、物やお金で測るGNP(国民総生産)やGDP(国内総生産)は人々の真の豊かさを表す指標としては十分でなく、「GNHこそ国連の目指す開発課題に貢献できる」とする。今後、GDP至上主義からの脱却が具体的に模索されることになる。

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 1974年、GNHという言葉を初めて口にしたのは、ジグメ・シンゲ・ワンチュク前国王だ。「GNHはGNPより重要だ」。就任2年、18歳という若さでの発言は、61年から始まったブータンの近代化5カ年計画が生み出しつつあったマイナス面、例えば貧富の格差、環境破壊、犯罪の増加などに対する歯止めを求めたものだった。

 2年後、コロンボで開かれた国際会議後の記者会見で披露した国王の同じ発言が、世界へ向けた初のGNH発信とされる。中国とインドという二大国に挟まれた小国の生き残り策、幸せな国づくりに託した安全保障でもあった。

 それを受け、GNHは4本の柱に沿って進められてきた。(1)持続可能で公正な社会経済開発(2)環境の保全(3)文化の保護と振興(4)良い統治−である。以来、「精神的な幸せ」を重視するGNHは、GNPに代わる価値観として徐々に世界中に浸透していった。

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 GNPの限界について、5月にブータンを一緒に旅した辻信一・明治学院大学教授は、故ロバート・ケネディの言葉を紹介してくれた。暗殺直前の68年3月18日、米大統領選に向けたスピーチだ。

 「長い間、私たちは人格や共同体の重要さよりも、物質的な富を蓄積することを優先させてきた。…アメリカのGNPの中には、空気汚染やたばこの広告、ハイウエーでの多数の事故死者を運ぶ救急車が含まれている。…戦争で使われるナパーム弾も核弾頭も、街頭のデモ隊を蹴散らす警察の装甲車も」

 演説は、当時まだ生まれていないGNHが目指す幸福の在りかを示唆しているように聞こえる。美しいフレーズが続く。

 「しかし、GNPの中には、子どもたちの健康も教育の質も、遊びの楽しさも含まれていない。詩の美しさも、夫婦の絆の強さも、…私たちの機知も勇気も、知識も学びも。私たち一人一人の慈悲深さも、国への献身的な態度も。要するに、国の富を測るはずのGNPからは、私たちの生きがいの全てがすっぽり抜け落ちている」

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 国連決議によって、GNHの追求は、貧困の撲滅や環境の持続可能性確保など2015年までに達成すべき八つの目標を掲げた国連の「ミレニアム開発目標」の9番目に追加された。

 国連は、9月開会の通常会期の間に、幸福をテーマとしたパネルディスカッションを開く予定だ。ブータンのラツゥ・ワンチュク国連大使は「幸福の探求は重大な課題だ。国連の議論が遅れてはならない」と各国に促した。