【幸せの描き方 ブータンGNHの今 2】欲望抑え「つながり」 家族と自然と

西日本新聞 2011年9月15日付より

【幸せの描き方 ブータンGNHの今 2】欲望抑え「つながり」 家族と自然と
http://www.nishinippon.co.jp/nnp/item/263651

2011年9月16日 20:01

「家族と一緒が一番幸せ」と話すドルジさん一家=パロ

 5月、ブータン第2の都市パロの農家アプ・ドルジさん(72)を訪ねた。妻(52)と農業を継いだ娘(27)の3人暮らし。弁護士になった自慢の長男は首都ティンプーに住む。地方では3世代家族が多いが、都市近郊の農家らしい構成だ。

 特産物の唐辛子、米、麦、豆、ジャガイモ、キュウリを作り、馬、牛を飼う。「田植え、唐辛子植えはラコ(結い)でやる。収穫は時に応じてだが」。互助組織が健在のようだ。

 「幸せですか?」

 「もちろん。家族で農業やって、こんな幸せはない」

 英語ができる娘のペマ・セルドンさんが通訳だ。「GNH(国民総幸福)のことは知っている。幸せは、金持ちも貧乏人も自分の人生を感謝できること、と父は言う。私の幸せは父母が幸せなとき。何をしていても幸せだ。犯罪などの問題もパロにはない」

 家族とムラの普通の暮らし、そこでの人と人、自然とのつながりが、近代化の功罪を知り始めたこの国の、8割を占める農家の幸福感を支えている。

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 ブータンの人々は、信仰心が厚い。寺で祈る人に、片っ端から尋ねてみた。

 「あなたは何を祈っているのですか」

 ほとんどが「みんなの幸せ」あるいは「世界の平和です」と回答。日本人は寺や神社で何を祈り願っているのだろうか、と考えると、私欲を超えたブータン人の答えに驚かされる。

 僧侶でもあるルンテン・ギャツォ言語文化研究学院長は、輪廻(りんね)という生まれ変わりの思想に触れながら、「ブータン人は、自分の幸せは全ての人々の幸せと関係している、と考える。良い人であるということは良い行いをすること。良い行いをすると相手は幸せになり、自分も幸せになる。人だけでなく、全ての生き物に対してもフェアに扱うのが仏教の教えだ」と説く。

 国民に根付いた仏教的な倫理がGNHと混然一体となっていることを感じさせる。

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 とはいえ、ブータンが、まだ「貧しい国」の一つであることは間違いない。

 2010年の1人当たりGDP(国内総生産)は国際通貨基金IMF)の統計によると、1978ドルにすぎず、180カ国中122位。4万2820ドル、16位の日本の4・6%にとどまる。1人当たり国民総所得も1920ドルと、最貧国(750ドル以下)だった10年前の2・6倍「豊か」になったとはいえ、日本の4・6%にすぎない。

 07年にブータン政府が行ったGNH調査では、8割近くの人が「過去1年間の収入に不満」という結果だった。しかし、「あなたの収入は家族が毎日必要な食べ物、住まい、衣服を満たしていますか」という質問に88%が肯定的に答え、「精神的な幸福感」を感じている人は87%を占めた。この数字は、ブータン人の幸福感が収入の大きさに左右されるわけではないことを裏付けているといえよう。

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 ブータン中央部のポブジカ渓谷は、ヒマラヤを越えて飛来する絶滅危惧種のオグロヅルで知られる。この村に電気を通すため、電線を引くかどうか議論になっていた。結局、村民は「電気を通すとツルの邪魔になる」とツルとの共生を優先。電気は、太陽光発電による最低限の利用にとどまる。

 生態系、自然の保全は、GNHの重要な柱だ。小学校では週1回「環境」の授業もある。5月、首相官邸の迎賓室でインタビューに応じたティンレー首相は、福島第1原発事故に触れながら、「人間が自然界とどう調和して生きるか、それこそがGNHだ。欲望を制御して、人が生きるために何が必要か知ったとき、本当の意味の豊かさがもたらされる」と力説した。

=2011/09/15付 西日本新聞朝刊=